2015年8月15日土曜日

弁理士分析 2020年東京オリンピックのエンブレムはどうなる?

1. はじめに

 2020年東京オリンピックのエンブレムが2015年7月24日に東京都庁で発表されましたが、このエンブレムを巡り、様々な問題が浮上してきています。

 東京オリンピックのエンブレムは、アートディレクター佐野研二郎によりデザインされたものであり、TOKYO、TEAM、TOMORROWのTをメーンのイメージとし、すべての色が集まることで生まれる黒、赤は一人一人のハートの鼓動を意味しているとされています。

 エンブレムを巡る問題の1つとして、ベルギー在住のグラフィックデザイナー、オリビエ・ドビ氏が、自身がデザインした劇場Theatre de Liege」(注1)のロゴと似ていると指摘したことから始まりました。ドビさんは、国際オリンピック委員会(IOC)に対して、著作権を侵害するとして、エンブレムの使用の差止めを求める訴えをベルギーの裁判所に起こたと報道されました(2015年8月14日 NHKニュース(注2) )。


 以下の図(注3)の左が、佐野氏デザインのエンブレムで、右がベルギーのドビ氏のロゴです。


Logotip OI 2020 v Tokiu plagiat?



 この2つの図案間で著作権の侵害が成立するかどうかについて、法的に考えてみたいと思います。ドビ氏の訴えはベルギーの裁判所に提出されていることと、国際裁判管轄との関係から、日本国の著作権法が本案件に適用されない可能性がありますが、日本およびベルギは共にベルヌ条約加盟国なので少なくともベルヌ条約(注4)に従って裁判が行われるものと考えます。

 
2.検討

 佐野氏のエンブレムの使用がドビ氏のロゴの著作権を侵害すると言えるには、複製権(ベルヌ条約9条)または翻案権(ベルヌ条約8条)の侵害の成立が必要になるかと思います。

 わが国での法律である著作権法(注5)でみると、複製権(ベルヌ条約9条)に対応するのが複製権(日本国著作権法21条)で、翻案権(ベルヌ条約8条)に対応するのが翻案権(日本国著作権法27条)となります。

 ここでは、わが国の著作権法を適用した場合、佐野氏のエンブレムの使用がドビ氏のロゴの著作権を侵害すると言えるか否かを検討したいと思います。


(1)複製権について
 まず、複製権(日本国著作権法21条)の侵害成否について検討したいと思います。

 複製権の侵害成立には、佐野氏がドビ氏の著作物を複製する必要があります(日本国著作権法21条)。

 複製か否かを議論する前に、著作物性(日本国著作権法2条1項1号)を有するか否かが問題となります。著作権法では、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」と規定されています(日本国著作権法2条1項1号)。

 タイプフェィス(書体)については、判例上にて、著作物性を否定されています(平成12年最高裁判決(ゴナ書体事件)(注6))。その背景には、文字は情報伝達手段であるため、文字の基本的な形(書体や字体)は著作権の保護対象に成り得ないとする考えがあります(注7)。一方、ゴナ書体事件では、タイプフェィスであっても、独創性や美的特性を備えていれば例外的に著作物に当たると判示しています。ドビ氏のロゴの中心部(円の部分)は、どうでしょうか?このロゴは、アルファベットの「T」に基づくデザインですし、ありふれたモチーフの組み合わせのように思います。したがって、ドビ氏のロゴもゴナ書体事件に従えば、著作物性を否定され得る可能性が高いと思われます。

 仮に、ドビ氏のロゴに著作物性があったとした場合、次に問題となるのが、佐野氏の使用が複製に当たるかです。著作物の複製と言えるには、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製すること」が必要となります(ワン・レイニー・イン・トウキョー事件(注8))。

 具体的には、ドビ氏のロゴと佐野氏のエンブレムとの間の類似性と、佐野氏によるドビ氏のロゴへの依拠性とが、問題となります。

 類似性については、「原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できる」(注9)という意義と捉えることができます。類似性は、佐野氏のエンブレムの使用態様とドビ氏のロゴの一部または全部との比較によります。両者ともに図柄の下方に文字がありますが、これらの文字が含めて全体的に類否判断しますと非類似と思われます。ですので、ここでは、各図柄の下方の文字を除いて類似性を判断したいと思います。

 ドビ氏のロゴと佐野氏のエンブレムとを下方の文字部分を除いて比較しますと、佐野氏のエンブレムは、①ドビ氏のロゴのようにベースが円ではない点、②色彩が全く異なる点、③右上に日の丸を表す赤丸が存在する点 等、はっきりした相違点が存在します。このため、類似性は否定される可能性が高いように思われます。

 最後に、依拠性については、経験上、類似点が多くアクセスしなければ酷似することがないというように依拠したことが明らかであれば(注10)、特定の齣(こま)に依拠したことの立証まで要求されないことは、判例や学説も認めています(注11)。したがって、佐野氏が否定していても、仮に類似点が多い場合には、間接的な証拠により、依拠性が肯定されうる場合もあり得ます。この案件では、上述の通り、類似性は否定される可能性が高いため、ドビ氏は依拠性を立証する必要があります。


(2)翻案権について
 次に、翻案権(日本国著作権法27条)の侵害成否について検討したいと思います。
 
 翻案権の侵害成立には、佐野氏がドビ氏の著作物を翻訳し、編集し、若しくは変形し、または 脚色し、映画化し、その他翻案する必要があります(日本国著作権法2条1項11号)。

 翻案に該当するか否かは、著作物の種類や扱っている題材等によっても異なるため、確定的判断基準を見出すことは難しく、事案毎の判断にならざるを得ません(注12)。

 本事案の場合、著作物の変形に当たるか否かが問題となります。著作物の変形とは、既存の美術等の著作物を他の表現形式に変更することを指します(注13)。たとえば、相違点より類似性の方が強く印象付けられ、表現形式上同一の創作発想に基づき、原著作物(本件の場合、ドビ氏のロゴ)を土台にこれを変形したと認められる場合に、著作物の変形に該当し得ます(注14)。本事案を検討致しますと、前述の複製権の検討の通り、少なくとも下方の文字部分を除いた部分において、類似性は否定される可能性が高いと思われますので、佐野氏のエンブレムの使用行為はドビ氏のロゴの変形に該当しないと思われます。

 なお、著作物の種類が「言語」であり、本事案と異なりますが、翻案権侵害で有名な裁判例がありますので紹介しておきます。江差追分事件(注15)では、「言語の著作物の翻案権(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為という。」と判示されています。依拠性、本質的な特徴の同一性の維持、新たな創作性等が成立要件の主要なポイントになっていると思います。ただし、上述しましたように、著作物の種類が本案件と異なりますので、本案件は江差追分事件の射程外となります。
 
 また、翻案は、同一性保持権(日本国著作権法20条)との関係でも問題となり得ます。 日本国著作権法20条1項には、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」と規定されています。20条は、著作者の意に反して改変されたこと自体が著作者の人格を傷つけるという認識の下で立法されました(注16)。つまり、著作権法20条は、著作者のこだわりを保護しているといえます(注17)。

 同一性保持権に関して、雑誌諸君!事件(注18)では、「同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しない」と判示されています。つまり、他人の著作物を素材として利用した際に、当該他人の著作物の表現形式上の本質的な特徴を感得させる態様で、外面的な表現形式に改変を加えた場合に、同一性保持権の侵害が成立することとなります(注19)。

 本案件では、佐野氏のエンブレムがドビ氏のロゴの表現形式上の本質的な特徴を感得させているのかが問題になるかと思いますが、複製権検討における類似性で検討しましたように、佐野氏のエンブレムおよびドビ氏のロゴの間にははっきりとした相違点が複数存在し、特に②色彩が全く異なる点、③右上に日の丸を表す赤丸が存在する点がドビ氏のロゴの本質的な特徴(長方形に2つの三角形(一部曲線有)を組み合わせて円形の中央に配置した態様)を感得させることはないように思います。
 
3.結論
 以上、佐野氏のエンブレムがドビ氏のロゴの著作権を侵害する著作権侵害が成立するかどうかについて、法的に考えてみました。複製権、翻案権、同一性保持権の侵害成否を中心に検討してみましたが、いずれも侵害と認定されるには成立要件の障害があって、難しいように思います。
 近年、著作権が経済財としての機能を高め、著作権は特許権と並んで企業戦略の1つになりつつあり、著作権はビジネスロ―としての性格を濃くしているとの指摘もあります(注20)。今回のオリンピックエンブレムの騒動もこのような時代背景から生じたものと考えます。それゆえに、現状では複製権の成立には依拠性が必要であったりもしますが、ビジネスを円滑にすすめるという観点から、今後の著作権の創作および公表においては、特許と同じように、事前の綿密な調査の必要性がさらに増すように思います。


参考:
注1)劇場Theatre de Liege」のホームページ: http://theatredeliege.be/
注2)2015年8月14日 NHKニュース:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150814/k10010190151000.html
注3)http://www.times.si/sport/logotip-oi-2020-v-tokiu-plagiat--NONE-5b096f2083.html
注4)ベルヌ条約:http://www.cric.or.jp/db/treaty/t1_index.html
注5)日本国著作権法: http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S45/S45HO048.html
注6)最判平12.9.7
注7)大渕哲也 他 共著 知的財産法判例集 2005年5月10日 有斐閣 266-267頁
注8)最判昭53.9.7
注9)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 465頁
注10)東京地判平11.9.28(煮豆売り事件)
注11)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 151頁
注12)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 238頁
注13)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 130頁
注14)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 130頁
注15)最判平13.6.28
注16)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 384頁
注17)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 385頁
注18)最判平10.7.17
注19)大渕哲也 他 共著 知的財産法判例集 2005年5月10日 有斐閣 346頁
注20)中山信弘著 著作権法 2007年10月10日 有斐閣 3頁


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